ゲームボーイカラー版『トゥームレイダー』は別の冒険ゲームから誕生していた! 元開発者が知られざる制作秘話を振り返る

ゲームボーイカラー版『トゥームレイダー』は別の冒険ゲームから誕生していた! 元開発者が知られざる制作秘話を振り返る

2000年にゲームボーイカラー向けに発売された『トゥームレイダー』。ララ・クロフトを主人公とする人気アクションアドベンチャーシリーズの携帯ゲーム機向け作品ですが、実は当初から『トゥームレイダー』として開発されていたわけではなかったようです。

海外メディアのTime Extensionは2026年10月30日、ゲームライターのDaryl Baxter氏が執筆した書籍『The Making of Tomb Raider: 1997–2000』から、ゲームボーイカラー版の制作に関する証言を公開しました。

今回紹介されたのは、同作の開発にアーティストとして携わったMatt Charlesworth氏の証言です。そこでは、別のゲームとして始まった企画が『トゥームレイダー』へと生まれ変わるまでの経緯や、当時の開発現場の様子などが語られています。

●Pen and Sword Books(書籍公式情報)
https://www.pen-and-sword.co.uk/The-Making-of-Tomb-Raider-1997-2000-Hardback/p/62302

もともとは『Salvage』という別のゲームだった!?

Charlesworth氏によると、ゲームボーイカラー版『トゥームレイダー』の開発が始まるきっかけとなったのは、プログラマーのSean Dunlevy氏との会話だったそうです。

当時、Charlesworth氏は『トゥームレイダーIII』のロード画面制作に携わっており、一方のDunlevy氏は『Fighting Force 64』の開発を終えたところでした。ふたりは発売されたばかりのゲームボーイカラーに強い関心を持っており、新しい作品の試作を始めることになります。

Dunlevy氏にとっては、比較的シンプルな8ビットシステムでアセンブリ言語によるプログラミングに再び取り組めることが魅力でした。一方のCharlesworth氏は、当時の家庭用ゲーム機では主流ではなくなっていたドット絵の技術を学べることに興味を持っていたといいます。

こうして約1~2カ月の試作期間を経て生まれたのが、『Salvage』という作品でした。

これは『フラッシュバック』や『アウターワールド』に似たゲームプレイを持つ、カートゥーン調の宇宙を舞台にしたアドベンチャーゲームだったそうです。

しかし、開発を進めるうちに、ふたりはこの仕組みを利用すれば携帯ゲーム機向けの優れた『トゥームレイダー』を作れるのではないかと考えるようになります。そこでCore Designの責任者だったJeremy Smith氏に提案したところ、正式に承認されたとのことです。

つまり、ゲームボーイカラー版『トゥームレイダー』は、まったく別の作品として始まった企画から誕生したというわけです。

3Dアクションを2Dで再現するための工夫

Charlesworth氏によると、初代『トゥームレイダー』は『プリンス・オブ・ペルシャ』や『アウターワールド』、『フラッシュバック』といった作品を3Dへと進化させたようなゲームだと感じていたそうです。

そのため、ゲームボーイカラー向けに2Dの『トゥームレイダー』を制作するにあたっても、これらの作品に近いゲームシステムを採用することが自然な選択だったと振り返っています。

開発は順調に進んでいたものの、ひとつ大きな問題がありました。それは、Charlesworth氏ひとりですべてのグラフィックを制作するには、作業量があまりにも多かったということです。

そこで新たに加わったのが、アイルランドのBallyfermot Animation College出身のFergus Duggan氏とPaschal McGuire氏でした。

特にDuggan氏は背景グラフィック全般を担当することになり、そのおかげでCharlesworth氏はララ・クロフトや敵キャラクターのグラフィック、アニメーション制作に集中できるようになったそうです。

また、『Chuck Rock』シリーズのキャラクターグラフィックを手掛けたLee Pullen氏からも、低解像度のドット絵で効率よく動きを表現する技術を学んだといいます。

Charlesworth氏にとって、今回の開発は新しい技術を習得する機会でもありました。経験豊富なDunlevy氏から技術的な知識を教わったことについても、感謝の気持ちを述べています。

約1年間の開発を経て完成! 雑誌で10点満点を獲得したという記憶も

こうした制作を経て、ゲームボーイカラー版『トゥームレイダー』は約1年間で完成し、THQから発売されました。

Charlesworth氏は当時を振り返り、非常に長い時間働いていたことや、自分の能力を超えるような仕事に取り組んでいると感じていたことを明かしています。一方で、プロデューサーを務めたTroy Horton氏の存在が、開発を乗り切るうえで大きな支えになっていたそうです。

完成した作品については、当時のゲームボーイ専門誌から10点満点の評価を少なくともひとつ獲得したと記憶しているとのことです。

さらにCharlesworth氏は、後にその雑誌のバックナンバーを確認したところ、『ポケットモンスター』や『ゼルダの伝説』よりも高い評価になっていたため、数号後に編集部が『トゥームレイダー』の評価点を下方修正していたというエピソードも語っています。

ただし、今回の証言では具体的な雑誌名が明らかにされておらず、当時の誌面によって実際に点数が変更されたことまでは確認されていません。あくまでもCharlesworth氏自身の記憶に基づく話として受け止める必要がありそうです。

それでも、同氏にとってゲームボーイカラー版『トゥームレイダー』は、特別な思い入れのある作品だったようです。本格的に制作へ貢献できた初めてのゲームであり、Dunlevy氏とともにプロジェクトを主導し、創作面で大きな裁量を持てたことが、非常にやりがいのある経験だったと振り返っています。

今回の証言が収録された『The Making of Tomb Raider: 1997–2000』は、2026年10月5日に刊行された書籍です。1997年から2000年にかけて制作された『トゥームレイダー』シリーズの開発の舞台裏を、関係者へのインタビューなどを通じて紹介しています。

発売から四半世紀以上が経過した今になって明らかになった、ゲームボーイカラー版『トゥームレイダー』の意外な出発点。当時の開発者たちが、新しいハードでの表現に挑戦しながら作品を作り上げていった様子が伝わってくるエピソードといえるのではないでしょうか。

via.Time Extension

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