老舗ゲームメーカーとして知られる日本ファルコムのアクションRPG『イース』シリーズ。その登場からすでに30年以上の歴史があり、四半世紀も前にシリーズ1作目が発売されたことになります。その頃まだ生まれていなかった、という人もいるかと思います。はたして、『イース』が生まれた頃はどんな時代だったのでしょうか? その当時の日本を振り返ってみたいと思います。
text by 守矢 俊弘
バブル景気の追い風を受けていたゲーム業界
シリーズ1作目の『イース Ancient Ys Vanished Omen』(以下イースⅠ)は、1987年6月に発売されました。西暦で記すと単純に30年以上前ということになりますが、元号では昭和62年。そう、時代はまだ平成ではなく昭和だったのです。
その当時の人々は明確に意識していませんでしたが、バブル景気の真っただ中だったこともあり、好景気を背景とした楽観的なムードが日本をおおっていました。価格が高いものがすなわちよいものとされており、百円ショップの萌芽はあったものの、街のいたるところに見られるような状況ではありませんでした。
バブル景気の例として、タクシー券使い放題というエピソードがよく上げられますが、銀座の高級飲食店が列挙するエリアでは、深夜になってもタクシー待ちの客が列をなしていたような時代です。日本はアジアのトップランナーであり、アジア諸国のファッションや音楽などの流行は、日本がモデルとなっていたことも少なくありませんでした。
当時のゲーム状況に目をうつすと、1970年代後半、シューティングゲームの大ヒットにより、ゲームセンターは一躍人気のある場所となり、80年代のゲームセンターはテレビゲーム全盛期をむかえていました。
80年代半ばには、日本国内でなんと2万5千もの店舗があったといわれており、テレビゲーム以外にもクレーンゲームのUFOキャッチャーが大ヒット、女性客や家族連れにも親しまれる存在になったのです。
この変化は84年に改正され、85年2月に施行された改正風営法が影響しています。それまで終夜営業が普通だったゲームセンターは、犯罪の温床になるという理由から深夜0時までしか営業できなくなりました。ゲーム業界は必然的に日中に集客できるよう種類のゲームを開発せざるを得なかったのです。
このような家庭以外の場所でプレイするゲームと並行し、家庭内でプレイできるゲームもシェアを広げてきました。1983年には任天堂が『ファミリーコンピュータ』を、セガが家庭用ゲーム機『SG-1000』を発売しています。
この年は上記の2会社以外からも家庭用ゲーム機の発売が相次ぎ、ゲームのプラットフォームの多様化が進行してきました。
また、1990年に発売された『スーパーファミコン』用ソフトの価格は大半で1本1万円ほどになっていましたが、これはその当時の好景気も関係しています。
冒頭にのべたように、高価なものに対する許容度が高い時代でもあり、それだけの価格でも購買力を持った層がいたということの反映でもあるでしょう。
ゲームソフトの種類も多様化が進み、格闘アクションゲームもこの頃に登場。80年代後半には、グラフィックも進化してきました。とは言え、2020年代の4K/8Kの解像度や16:9サイズの液晶/有機EL画面に慣れた目からすると、視界が非常に狭く感じたりドットが荒く見えたり、あるいは精密さが欠けていると思うのはやむを得ません。それでも当時のUIの進化は、ゲームクリエイターたちの想像力を刺激していました。
『イースⅠ』とはどんなゲームだったのか?
最初に『イースI』が発表された頃の時代背景を概観してみましたが、では肝心の『イース』一作目はどのようなゲームだったのでしょうか?
先ほどゲーム用プラットフォームの多様化が進んでいたと触れましたが、1987年には家庭内でのもうひとつのプラットフォームである『PCエンジン』が、NECホームエレクトロニクスから発売されています。そうしたなかで、『イース』は当時人気の高かったNECの国産PCであるPC-8801やPC-9801をベースにリリースされています。
それまでのロールプレイングゲーム(RPG)は、クリアするための難易度が非常に高いものでした。ハードコアなゲーマーにとって、クリアするのが難しければ難しいほど、そのゲームは価値のあるものとされていたのです。
一方、『イース』のキャッチコピーは「今、RPGは優しさの時代へ」というもの。『イース』はパソコンプラットフォームのゲームであったため、主人公もテンキーを使った非常にシンプルな操作でゲームを進めていくことができるようになっていました。ちなみに、主人公のアドル・クリスティンは自分の体を敵に体当たりすることで攻撃することができるのですが、戦闘スタイルはそれのみです。
音楽も完成度が高く、画面ごとにバリエーションに富んだ楽曲が楽しめます。これを実現したのが、デジタル音源の進化と普及です。この当時、ヒットチャートの多くの楽曲でデジタルシンセサイザーが使われるようになっており、ユーザもアナログレコードではなく、CDで音楽を聴く時代になっていました。
1987年は、CDの売上がアナログレコードを抜いた年です。リスナーの耳は新しいデジタルの質感になじんでいましたが、その技術がゲームにも展開されました。デジタル音源と、それを動かすコンピューターの発展が、ゲームのユーザエクスペリエンスを変えたとも言えるでしょう。
そのようなゲームの民主化に寄与したのが、『イース』シリーズの第一作目だったのです。
『イース』とともに時代を感じてみよう。
一作目のヒットを受け、1988年には続編の『イースII Ancient Ys Vanished The Final Chapter』が発売されました。シリーズはその後も続き、現在の最新作は9作目となっています。旧作も様々なプラットフォームに移植され、バリエーションも数多く登場してきました。旧作をプレイしながら、発売された時代の息吹も感じることができる、そんな素晴らしい作品である『イース』を、ぜひ皆さんも楽しんでみてください。